ヨサパークの管理方法
ページにアクセスした瞬間から計算が始まるようなプログラムを組み込み、このページを見ているあいだにどれだけ地球が太陽のまわりを移動したかがカウンター表甲示される。
地球の公転速度は秒速三〇キロメートル。
地球が私たちを乗せてグングン漆黒の宇宙空間を移動しているという事実を、これだけシンプルに、そして雄弁に物語ることができたのは秀逸といえる。
最近では「ネットサーフィン」という言葉はあまり聞かれなくなったが、世界各地のウェブサイトを自宅にいながらにして旅することができる、という体験ができるようになったことはいまさらながら凄いことだと思う。
だが、ネットサーフィンという行為は、ひどく孤独なことも確かだ。
私たちが物理的な空間を旅する時に味わう、移動の感覚やそこで目にする風景、あるいは他人の存在は、ネットではまったくといっていいほど感じ取ることができない。
しかし、物理的に私は移動していなくても、私がコンピュータを操作することによって発したデータは、アメリカやインドまで旅して、そこにあるサーバーからデータがやって来る。
この、抽象的な移動の感覚を誰にも明らかなように表現しようとしたのが、メディアアーティストの江渡浩一郎が中心となって制作したウェブホッパーである。
北極を中心に据えた地図の上に描き出されるのは、日本のあるネットワークを経由して海外のウェブサイトへと旅していく人たちの移動の軌跡である。
ネットワークの国際接続部分を通るウェブ(HTTP)のパケットの「宛先情報」を読み取り、その宛先のIPアドレスを緯度・経度情報に変換することによって、地理的な軌跡として描画している。
こうして見ると、インターネットという見えない空間のなかでの移動や、他者の存在が鮮明に感じられると同時に、現在のインターネットが置かれた状況も明らかになった。
つまり、ネットサーフィンで軌跡が延びていく先はほとんどの場合がアメリカかヨーロッパであり、ネットサーフィンの軌跡を地図上に表現した「Webアフリカや南米へと軌跡が延びることは稀であるということ。
インターネットの接続環境が北半球の先進国に偏っている、という国際的なデジタル・デバイド(情報へのアクセス格差)を否応なしに気づかされる表現でもあったわけである。
これは、前述のアルスエレクトロニカ97の会場で発表した、インターネットにつながった「触れる」オブジェだ。
その後、アメリカのCG関連の大会であるシーグラグやカナダ・モントリオールのビエンナーレ(現代美術の展覧会)と巡回して、一九九九年初夏に日本で初公開することができた。
展示会場には横長のプレートを設置し、その上の細長い部分には、地球の極軌道を周回する気象観測衛星NOAAが撮影した六時間前の地球表面の画像が毎分約一・五センチメートルの速度でスクロールしながら投影される。
プレート内側にはベルチエ素子(CPUの冷却などに使われている、温度制御を可能にする電子デバイス)が組み込まれ、表面を手で触れると投影されている場所の温度を体感することができる。
雲が覆っているところはひんやりと冷たく、地表が見えているサハラ砂漠などの陸地は暖かい。
地球の大部分に雲が出ているのと地表の七割は海が占めているので、実際に手のひらで感じるのは冷たいところがほとんどだ。
このシステムは、およそ一〇二分で軌道を一周し、約一日で全地表をカバーするNOAA衛星の観測データをインターネット経由で取ってきて、センソリウム側のサーバー、で可視画像はプレートに投影する動画へ、IR(赤外線)画像は温度情報に変換してベルチエ素子の制御に反映させる-という仕組みになっている。
生きている世界を感じる情報のインターフェイスを、いままでのようなパーソナルコンピュータや情報端末の画面のなかに閉じ込めるのではなく、実際に手で触れるという地表の温度を触って実感できるオブジェトロ二カに出展したもので、現行の前のバージョン。
そんなピーウエアのデザインは、ソニーコンピュータサイエンス研究所の「実世界指向インターフェイス」やMITメ函ディアラボの「タンジプル・ビット」といった研究と図らずも共鳴しうるようなものになったのではないか、と思う。
「想像力の危機」を超えて数人でコンセプトを固めている当初から、センソリウム(まだその頃は名前もついていなかった)が追求するテーマは、「インターネットという新しい情報環境を通じて、私たちの感覚や経験をどれだけ豊かに拡張することができるのか?」という点に集中していた。
まだその頃はウェブが「最先端」のメディアとしてマスメディアを賑わせるだけで、一般の人はおろか、技術者もデザイナーもインターネットの本当の可能性がどこにあるのかを見極めるのに躍起になっていた。
逆にいえば、eコマースだのデジタルデバイドだのとインターネットの「社会における効用や課題」について騒がしい今日から比べれば、かなり「夢」のある議論が盛んになされていた時期でもあった。
しかしその一方で、インターネットにかぎらずデジタルメディアについてのイメージが、バーチャル・リアリティに対して一般の人たちが抱いていた(誤解にもとづく)ある種の不安や恐怖とつながっていて、ひどく不健全で自閉的なものになっていたのもまた事実だった。
私たちは、闇雲に利便性を指向するのでも、テクノフォビア(技術恐怖症)に陥るのでもなく、インターネットにつながった私たちの未来をポジティブに予感できる「世界に開かれた窓」のようなプロジェクトを手掛けたかったのである。
さらにいうなら、センソリウムでしめしたかったことは、「世界はまだまだ驚きに満ちている」ということにもっと多くの人が気づいてくれるなら、ということに尽きると思っている。
プロデューサーである竹村はよく、江戸時代の哲学者、三浦梅園の「枯れ木に花咲くに驚くより、生木に花咲くに驚け」というフレーズを引用して、私たちに求められている「感じること(センス)」の復権を強調する。
環境問題にしても、それは環境そのものの危機である以上に、環境に対する私たち自身のセンスや想像力の貧困化が招いている事態ではないか?だとしたら単に環境の保護だけを声高に叫ぶのではなく、環境と人をめぐる「関係性のデザイン」こそが求められるのではないか?
こうした問題意識をセンソリウムのメンバーはかねてから共有していた。
結果的に、インターネットは、私たちが抱いていたこんな想いを実際の「かたち」にするための強力なツールとしてのものすごく大きな可能性をしめしてくれた。
その意味でセ明ンソリウムという活動は、ブリージング・アースの「素」となったIDCの地震観測網やネットサウンドのシステムといったような、ある種「生き物のような情報」の生々しい表情をとらえるシステムとそれをつくりだした人々へのリスペクトの表明でもある。
とはいえ、センソリウムのデザインが十分にこうした問題意識をクリアにし、多くの人たちに受け入れやすく、親しみやすい表現になっているとは言い難いことも確かだ。
もし、情報のデザインにとって外せない重要なポイントのひとつに「理解しやすさ」があるとすれば、センソリウムのいくつかの表現はまだ十分にこなれていず、理屈が先行したコンセプチュアルアートのように映ってしまっても仕方ないかもしれない。
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